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四王寺山(大城山)  410m                2010.01.16


 政庁跡より四王寺山を望む


ばあやんさん hirokoパパさん hirokoさん そよかぜさん コヨーテの5名で登る。

今回は単独ではなく、久しぶりにhirokoさんやそよかぜさんらと一緒に登りました。
四王寺山には2年前に1回行ったきり。その時は”自然を歩く会”の方々と一緒に登りまして、殆どお任せ状態だったのでルートについてはスッカリ忘れてしまってました。
本日は地元の「ばあやんさん」やhirokoさんに案内頂きながら登りました。

9時に大宰府の政庁跡に集合。今回はじめてお会いする「ばあやさん」、hirokoパパさんに挨拶を交わし、四王寺の山に向けて出発しました。

  コースとタイム

  09:00 大宰府政庁跡
  10:05 坂本の大石垣    ・
  11:05 大城山
  11:47 野外音楽堂
  12:04〜12:22 昼食
  12:25 百間石垣
  12:41 北石垣
  12:55 小石垣
  13:25 大原山
  14:08 焼米ヶ原
  14:21 大宰府口門跡
  14:46 岩屋山
  15:14 市民の森
  15:45 政庁跡
意 本文中には地図等が出てきますが、説明しやすくするためにコヨーテ本人がGPSのデータをもとに
    作成したものでありますが多少の誤差はあります。
    またコースタイムには個人差があるため正確にしりたい方は国土地理の地図や他の資料をお勧めします

まずは政庁跡の中を歩いていきます。政庁跡にはシナマンサクが早くも開花してました。
それから坂本の大石垣に向かって集落を通り、案内板に従い道を上がって行きます。
途中、大雨で通行止めになっている箇所があり、迂回路?みたいな道に回り上がっていきましたが、でも途中で道が‥
右側の急斜面に変更し思いっきり登って再び正規の道に合流。そして大石垣に着きました。

政庁跡に咲いていたシナマンサクの花 坂本の大石垣までの道

大野城は、663年(天智2)白村江の敗戦を期に西日本各地に築かれた山城の一つで、水城・基肄城とともに大宰府を守る役割を担っていた。
周囲6.5`を土塁(高い土手)で取り囲み、谷は石塁(石積みのダム)で塞ぎ、要所に門をつくり武器や穀物を納めたくさんの倉庫などを作った。(小石垣にある案内板の説明文より)

下のイラストのように土塁の跡があり、このあと私達は土塁に沿って周遊しました。
復元された坂本の大石垣を目の辺りにするが‥大きい!よく出来てます。昔の人は凄いね。

坂本の大石垣 小石垣にある説明板より(写真はそよかぜさんからお借りしました)

土塁の上の道や土塁に沿って伸びる道などを通りながら大城山へ向かう。
大城山の山頂には毘沙門天があり、三角点は毘沙門天の建物から少し離れた場所にあります。
一見見逃しそうですが、三角点の側には先月新しい真っ白の標示杭を立てましたので探しやすくなったかも。



 土塁を歩く


                 大城山にある三角点と標示杭
             (写真はそよかぜさんからお借りしました)

大城山から野外音楽堂まで下る。野外ステージとイスが設置されている所で、ここに着いたころにはもう正午頃だったのでお昼はここで食べようかと考えてたみたいですが、イスには雪もまだ残ってて‥冷たそう。少し進むことに!
車道を少し左で進み再び土塁の道を下る途中でランチにしました。
今週は雪が沢山ふりました。昨日の昼まで雨も降ってましたが今日は良い天気。青空も見えます。
ここから見える三郡山の山頂付近は雪化粧してます。

野外音楽堂 土塁の道を下っていく

ぐんぐんと下ってやがて「宇美町から四王寺山の中を通り大宰府へと抜ける車道」に出るが、その手前にある百間石垣に出合う。
さきほどの「坂本の大石垣」よりも大きいです。
車道を横断して再び上りになるが(急登です)、この付近は内側の土塁のようです。改めて思うが歴史を感じます。
スケールのデカさに驚きます。

百間石垣 内側の土塁の道を進む

小石垣に着きました。笑い話になりますが‥着いて直ぐ最初見たものが「小石垣」だと思い「お〜っ!これが小石垣かぁ〜」と関心して見ていましたが
実はその左隣に立派な石垣がありこと。私が最初に石垣と思ったのは棚田?か何かのようでした。
案内板には説明書きと復元図が載ってましたが、ここも凄いね。

小石垣 案内板にある小石垣の復元図

内側の土塁を進み、やがて外側の土塁と合流。所々雪が残る道を進んでいくと本日2座目の大原山に到着。
ここで記念撮影とお茶休憩しました。

大原山へ向けて土塁の道を進む 大原山

青空と白い雪のコラボが何とも綺麗です。焼米ヶ原には車でも来られるので、ここではパラパラと登山者じゃない人も見られます。
少し残すが‥この辺で土塁をほぼ一周したことになります。デカイですね〜。

土塁(写真右側)とその下の登山道 焼米ヶ原の広場

焼米ヶ原付近から見た眺望。左側に宝満山や三郡山、やや中央に九州国立博物館も見えます。

ここにも石垣?と思ったら、ここは城門(大宰府口門)ですね。

城門(大宰府口門)

案内の復元イラストを見ても、その大きさにビックリ!大きい門の扉の中央がここかな〜(写真右)

案内の復元イラスト 扉の中央

政庁跡に下る途中に岩屋山に寄りました。「嗚呼壮烈 岩屋城跡」
大きな石碑があります。この石碑は高橋紹運公墓からも、このあと下った県民の森(秋の森)からも見えます。

「嗚呼壮烈 岩屋城跡」 秋の森から見た嗚呼〜

今回は歴史を体感しながらの登りでした。一緒に登ったばあやんさん、hirokoパパさん、hirokoさん、そよかぜさん、ありがとうございます!


岩屋山から見た政庁跡